貝島全坑の従業員に使用されている一センチ真角な印鑑は、魔法の印鑑である。その印鑑は、毎月二十五日の給料日に支払われる一カ月分の給料に使われる。給料日は、各職種によって格差がある。坑内で働く人と坑外で働く人によっても違っている。給料日当日は、戦前の婦人達は、真白な「エプロン」姿で足早に会計へ。戦後のご婦人並に娘さん達は、薄化粧されて、軽やかに会計へ。お金を受け取ると、家によって違いがあるが、戦前の店は、現金買いと通帳買いがあった。通帳買いの人は、貝島勤務の古い人や、家族の多い方が多かった様に感じる。
「お通い」通帳を持って行って、好きな物が自由に買え、買った品物名と金額が記入されるので便利だ。子どもさん達も楽しんで何でも買える。時にはお菓子などをたくさん買って、両親から怒られる事もある。「お通い」通帳を受け取るまでは、大変の様である。店と店子とはいかぬが、まず信用第一の「お通い」通帳である。店のご主人が言われるのは、時には坑員さんの家族が「夜逃げ」して欠損する事がある。
月の二十五日の給料日には、必ず店に行き、一カ月分の品物を買った分だけのお金を支払うと、受けた給料は軽くなる。だが、軽くなった財布と家内に相談して久しぶりに末永肉屋で少量の肉を買い、夕食は豪華にと、子ども達は早々に箸を高く低く持って待つこと数十分、父親の「よし」の声で肉鍋に箸が飛び散り、「アッタ」「ナイ」の声の入り乱れを二三度聞くと、肉の方は終わりの様である。後は野菜が山の様に切られ鍋の中に。今日は久しぶりにAさん宅もBさん宅も、それぞれの家より笑い声が聞こえてくる。
毎月の二十五日の給料日は、多少の金額が違っても、笑いの声の聞こえる日である。夕食終了後は、三々五々長井鶴の銀座通りに。長さ二・三十米位に、道幅も四・五米位の狭い道に、人と人との肩が触れ合うくらい、隣組の福広さんご夫婦や津村さんご夫婦と会って「こんばんは」のあいさつを交わし、人の波が続く。東京銀座に負けないくらいの人と人である。
長井鶴銀座通りは、六坑社宅の真ん中に近い所に、商店がかたまっているので便利である。各商店の方々も毎月の事であるので、顔を見たら思わず名前が出る。「中野さん、一寸寄っていかんね」と言われると、その一寸が一時間、二時間となり、何かを買う目にあう。皆さんも子ども主体の物を次々に買う。子どもさんは、買ってもらった物をしっかり抱いて、喜んでいる。その姿を見ると、本当によかったと思い、また明日から頑張るぞという心になる。職種によって賃金の差があるが、これも一センチ角の魔法の印鑑のお陰である
閉山と同時に、一軒また一軒と店を閉じて、今は昔の面影は無く、淋しい裏通りの道となり、人も通り行く事のない長井鶴銀座通り。あのにぎやかだった街並みが…。
※このページの作文・写真は、広報みやわか平成22年11月号の「宮若探訪」で掲載したものです。