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宮若探訪~セイタカアワダチ草~

最終更新日:
2011.06探訪写真

旧宮田線は宮田の人々の交通手段として重要な役割を果たしてきました。
しかし、平成元年に廃線となり現在はプラットホームだけが残っています。

セイタカアワダチ草

作文:田中一幸さん(八女市室岡)・平成19年筆

 

炭鉱の閉山によって、各方面に不況を与え、国鉄宮田線の廃止は新聞で知り、残念な思いをしていました。あまり知られていない事だと思いますが、綿布関係の売上にも多少影響を与えていた事です。坑内で着用する作業着には、静電気を発生しない綿製品が用いられていたからです。勤務先の愛知より、懐かしい貝島の炭住、旧大ノ浦二坑付近を訪れた時、住んでいた炭住は無くなり、通学時に通っていた往還を残し、道路が一変していて、記憶を手繰り寄せるのに苦労がありました。遊び場だった山ノ神神社までも跡形もなく、無くなっていたのには、大いに落胆しました。山ノ神では樹木の上に隠れ家を作ったり、鳥居の上に小石を乗せることが出来たらいい事があるという話を信じ、懸命に投げ上げた事や、「アメリカ」、「日本」というゲームも山ノ神の広場でしていました。


小学校の頃だったか、砂糖は貴重品で砂糖のかわりに一時期、人工甘味料の「サッカリン」や「アマゲン」が使われていた事もあった時代。服はお下がりばかり、教科書までもお下がりがあり、持っていく弁当も困ったものだったけど近所には子どもが多くいて遊びには困らなかった。


小刀の肥後の守一本持っていたら水鉄砲、杉鉄砲など遊び道具がかなり作れた。農業用溜池だった通称「カンラク」で泳いだり、八木山川の岩渕で泳いだり、中学生の頃には六ヶ岳への山登りが加わってきます。今、思うと弁当も水筒も持たずに、よくまあ行けたものだとあきれています。学用品がまともにそろったのは、教科書の貸与や学用品の購入費も支給があった貝島炭鉱技術学校に入学した時でした。入学したての頃、卓球が趣味の校長先生が、卓球の効果で「卓球は、巧緻敏捷(こうちびんしょう)を養うのに良い」という難しい言葉で言われ、驚愕したものです。今で言うカルチャーショックというものでしょうか。勉強する事へのきっかけを与えられた気がしています。しかし、それまで勉強していなかったので、基礎が大切な科目は惨たんたるものでした。


その後、露天掘で働く事となるわけですが、訪れてもその形跡も残っていません。今はもう、あの頃に同じような生活を体験し、共有してきた人たちに対してほのかな故郷を感じる次第です。いつ頃だったか、兄の同級生で九大の教授夫人となっている方と一緒に、大濠公園で小学校時代のマドンナ的存在の方にも会う事ができ、福岡市美術館で開催していた女流画展では、先輩の佐藤ゆき乃さんの大作に感動を受けたものです。その絵にはセイタカアワダチ草が描かれていて、飛散していく花粉が徐々に人の姿に変わっていくと言うものでした。荒地でも繁殖が強いセイタカアワダチ草の花粉に例えて、貝島の地よりそれぞれの地へ再出発していった人々が、たくましく生きていって欲しいという願いが込められている絵と思われ、思いやりとか優しさを感じたものです。


宮田を訪れる度に道路網が整備され、炭鉱跡地にも新しい住宅が増え、飛び込んで頭をぶっつけた千石峡も立派なキャンプ場になっており、宮若市となっている現在、大企業も誘致されていて、ますます発展していく事だと思います。八十四年に筑後に転勤してきたのですが、貝島炭鉱技術学校を修了していた事で、高卒程度と認められ、本給が少し上がりました。これは個人事ではなく、修了生全員の誉れとなると思われますので追加しておきます。

 

※このページの作文・写真は、広報みやわか平成23年6月号の「宮若探訪」で掲載したものです。

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